魔王
■伊坂幸太郎氏の「魔王」(講談社、2005年10月20日第一刷発行)
日本各地で雪が降った。東京は今日も良い天気。風のせいか昨日よりは寒い。昨日は暖かい日だった。何処へ行っても大混雑。私も夕方から百貨店や電気店など覘いてみたが、とても買う気になれず撤退してしまった。特にゲーム売り場は親子連れでレジには長い列が出来ていた。クリスマス用のプレゼントかな。ただ、若い人たちの顔は何処か焦点が定まらず、いつも不満を表している。
国内政治は安定しているようだし(あくまで「ようだ」)、景気は何だか回復しつつあるようだ。でもなァ、国際関係は微妙。国の借金は増え続ける。東証はシステム不安を解消できない。生活インフラには多くの瑕疵。大企業の人材の劣化は甚だしい。身近なところでは、何が放送と通信との融合だ。いい加減に土管業者の縄張り争いに国が首を突っ込むのは止めたらどうだろうか。まったく、某慶應の教授までがコンテンツ業界にはジャイアントメディアが必要みたいな話をしていた。コンテンツ業界を理解しているのだろうか。想像力・理論構築力の欠如? 漠たる不安が増幅する。
漠然とした不安。若いとき(今も若いが、笑)、浮かれ遊んでいても何処か不安だった。でも、漠たる不安は若者の特権ではない。伊坂幸太郎氏の「魔王」は、こうした現在の潜在的不安を描いたものである。常に「考えろ考えろ」と自分に言い聞かせてきた「安藤」は、政治家「犬養」に対して恐怖を感じる。それは「ファシズム」。何だか古い言葉だが、あまりに整然としたものに対する一種の嫌悪感を惹起させる。
Sigmund Neumannの「Permanent Revolution(大衆国家と独裁)」(みすず書房、1960年1月15日第一刷発行)に、「独裁における大衆の概念は、…人間は不決断、不安定と見られ、妥協の余地ない結論を強いる(存在である)」と書いてあった。大衆は合理的な判断を下すのだと楽観していると、完全競争が崩れた場合においては、あらゆるマスメディア(インターネットも含め)が非合理的な世論形成を進める道具となる(自らの想像力の産物だと思っていても、そうではなくなるのだろう)。想像力のない社会になったとき、人は「ファシズムの何がいけないのだろう」と語りだす。
「安藤」は、漠たる不安に対して、ある種の力を頼りに戦う。「父さん、魔王が今、僕をつかんでいるよ」(シューベルトの「魔王」)と感じながら、一人空を見上げる。また、希少猛禽類の調査をする「安藤」の弟「潤也」も「詩織」とともに戦う決意を固める。「七時間も空を眺めているなんてさ、嘘みたいだろう。…呼吸をしているだけだ」と話していた「潤也」は「空に溶ける」オオタカに兄の姿を見る。前半「魔王」が兄の戦い。後半「呼吸」は弟の戦い前夜を描いている。伊坂幸太郎氏は面白い。
さてと、午後から仕事。こんな日に忘年会だなんて、漠たる不安どころじゃない(笑)。
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Comments
♪こんばんは。
こんな日に忘年会だなんて大変ですね。
こちらは名古屋に帰れなかったので、一人で、元住吉の琉球居酒屋でクリスマスパーティーです、笑。
ところで「魔王」と聞くと、どうしても焼酎が頭に浮かぶんですよね。
Posted by: あざらしサラダ | Dec 24, 2005 at 18:28
あざらしサラダさん、おはようございます。
クリスマスに忘年会!誰だ企画した奴は!と思っておりました。名古屋に帰れなかったなんて、あざらしサラダさんもお忙しそうで大変ですね。
それにしても、「魔王」などの焼酎のせいで、酒造メーカーは漠たる不安どころか、いまそこにある危機に陥っているようです。日本酒党の私としては憂慮せざるを得ない状況です。もっと飲まなくちゃ(笑)。dより
Posted by: dawn | Dec 25, 2005 at 10:46