「蒲公英草紙 常野物語」
■恩田陸さんの「蒲公英草紙 常野物語」(集英社、2005年6月10日第一刷発行)
窓を全て開け放すと気持ちの良い風が時折入ってくる。でも、なんて暑いんだ。このまま夏に突入しないで欲しい。水不足が気になるな。昭和56年の夏も大変だった。たまたま行った福岡空港の喫茶店で冷たいものを頼んだら、紙コップで出てきた。水不足で食器が洗えないからと言っていたように記憶している。この記憶が大変あやしい今日この頃(笑)。もしかすると、長崎空港や別の場所だったかもしれない。日記でもつけとけば良かったなと思うが、後の祭り。断片だけは鮮明なのだが、何時、何処だったかぼやけてしまうことがある。しょうがないけどね。子どもの頃の記憶、昔の記憶、遠い世界を振り返らせてくれるのが、「蒲公英草紙 常野物語」。少女の目を通した記憶のファンタジー。
「新しい世紀を自分とは違う世界のことと感じていた日々、最も温かく幸せだった日々の記憶」を語る少女、そして一緒に過ごした聡子さん、温かみのある周囲の人々。その村に現れた「常野」の一族。いつも移動し、ひとを『しまい』続けている。「不思議なちから」。それは「本当はみんな持ってるちから」。「時代の空気を超越しているように見え」ながら、村の生活に溶け込み、淡々と去っていく。
これがMargaret Mahyの「The Haunting(足音がやってくる)」(岩波書店)だと、「わたしたち普通の人間にだって少しは驚きってものを残しておいてもらわなきゃね、そうじゃない?」なんて締めくくりとなる。これはこれで好いのだが、「みんな一緒に作っていくんだよ。そうでしょう」と語らせる本書はとても日本的で素敵だ。「時代にはそれぞれの色があり、空気の重さが異なります。」と少女は語る。胸の奥をすっと触られたような奇妙な感覚に、「懐かしさと切なさ」を感じるのは何も帯の文章を書いた人だけではないでしょう。
次の詩を思い出す。谷川俊太郎氏の「くりかえす」(「あなたに」より)のようにはいかなかった時代。だからこそ、ゆっくりと、そのくせあっという間の(夏の)思い出は心から消えないのだろう。
「今は 二月 たった一度だけ
夢のなかにささやいて ひとはゐない
だけれども たった一度だけ
その人は 私のために ほほゑんだ」
(立原道造氏の「暁と夕の詩」の「浅き春に寄せて」より一部抜粋)
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