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「参加型ジャーナリズム」について2

私のtrack back を取り上げて頂いて有難うございます。

また、「自分が所属する集団、地域社会や国家の行く末を決める議論は公明・公正に行われるべきだ。こうした考えに賛同する人は、誰でもジャーナリスト」と云う定義であれば、おっしゃることは、その通りだと思います。しかし、ここで云う「公明・公正」は何に裏付けされているのか、私のあまりたいしたことのない知識で考えると、そこが問題のように感じるのです。当然ながら、報道には自らの見方が入ることは当然であり、そうでなければ、報道取材はしない訳です。私は調査報道と云うことを申し上げている訳ではなくて、「公明・公正」な議論の材料として報道を行うならば、その事実検証が必要ではないかと申し上げています(本郷さんのお書きになったものは例としては少々おかしいように感じます)。自らの視点と、それを補う取材・実感がなければ、その「公明・公正」と言われる主張そのものが揺らぐことになるのではないでしょうか。そのような道筋を確立すべく努力するのが、ジャーナリストではないかと私は感じるのです。裏付けのないものを熱狂的に支持した場合、どのようになるのか。このようなことはよくご存知だとは思いますが、「疎外と連帯」や「ビヒモス」などに書かれているような状況に再度陥るのではないのか、とても心配です。また、全く観点を変えますが、ソフトウェアプログラムを推進している方々は、他の著作物まで、オープン・ソースの概念で考えることがあります。新たな開発にはオープン・ソースが適しており、パブリック・ドメインと権利者保護(ほとんど名誉だけ)の中間形態的なものを想定しながら、開発を進めていく方が、将来的には広がりが持てると考えることは、ソフトウェア・プログラムの分野ではあり得る話だと思います。ソフトウェア・プログラムのように、主観的なものをあまり考えなくて済むものと(実際には主義主張があることは分かっておりますが、ここで云う主観とは違う概念ではないかと推測しております)、まさに主観的な部分をどのように処理するかと考えなければならない報道(主観の裏付け=客観性)やその対極にあるエンタテイメント・コンテンツ(主観の強調)とは、全く様相を異にするのではないでしょうか。取り上げて頂きながら申し訳なく、また取りとめのないものになりましたが、私の感じていることを補足させて頂きました。

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